PROFILE
イギリス・ベッドフォード出身。1996年より音楽レーベル、Mo’WaxにてA&Rを担当する。2005年にイギリスにおける事務弁護士資格を取得。その後、〈BAPE〉や〈Billionaire Boys Club〉のアドバイザーを経て、 2011年、スケートシング氏、菱山豊氏とともに〈C.E〉を設立。
ファッションディレクター、スタイリスト。英国の雑誌『モノクル(MONOCLE)』の創刊より制作に参画、ファッションページの基礎を構築した。2015年には同誌のファッションディレクターに就任。2012年から2018年秋まで雑誌『ポパイ』のファッションディレクターを務めた。
about 『シミュラークルとシミュレーション』
1981年、ジャン・ボードリヤールが発表した著作。事件、映画、テレビ、クローンといった当時の世相を縦横に論じつつ、実在(オリジナル)の消滅を予見した。映画『マトリックス』の原案に多大な影響を与えたと言われており、同作の監督ラナ・ウォシャウスキーが出演者に一読を指示した、という逸話も。
Chapter1
ボードリヤールが定義する「シミュラークル」とは?
Chapter2
正規店で買うことが「正しい」のか?
トビー:〈C.E〉の店に中国人のバイヤーがよく並んでて、変な買い方しているから、中国に持ち帰っているのかな?という謎があったんだけど、知人が「トビーのお店でバイイングをしている中国人は皆オシャレです」と言っていて。オシャレな(ソーシャル)バイヤーってなんだろう?と思ったんですよね。
長谷川:笑
トビー:「彼らは中国ではセレブ的なテイストメーカーみたいな人たちで、日本で次来るものを自国に持ち帰って、皆に説明する役割を果たしている。ある意味すごいプロモーションですよ」と言うんですよ。〈C.E〉の卸先は中国にもあるんだけど、それよりバイヤーの店で買った方が現地ではカッコ良いとされるみたいで。
長谷川:えっ!
トビー:彼らは好きなものしか買い付けていないし、そもそも〈C.E〉のファンだから、(正規店より)丁寧にブランドの説明が出来る、ということなんでしょうね。考えてみたら、かつての「NOWHERE」もそうでしたよね。
フイナム:たしかに。〈POLO RALPH LAUREN〉や〈NIKE〉も日本に正規で入っていましたが、並行輸入店に置いてあるアイテムの方がグッと来るものがありました。
長谷川:うん。「MADE IN WORLD」とか、本明さんが「chapter」をやってた頃とかもそうですよね。〈NIKE〉のジャパン社にはないものを仕入れてて、なぜかそれらにはカッコ良いものが多かった。
トビー:だから、正規店で〈RAF SIMONS〉とかの並びで、なにも分かっていない店員から買うんじゃなくて、意味が分かっている人から買いたいんじゃないかな。
長谷川:そういうことか。
フイナム:とはいえ、嫌な気持ちになったりしませんか?
トビー:全然。服を売った後のことは私たちには関係ないですからね。リセールしようがカスタマイズしようが自由だから。
長谷川:まぁ、そうですよね。
トビー:これは〈C.E〉を始めた頃から思っていたんだけど、ブランドが社会に存在する意味や価値は消費者が作るもので、私たちが一方的に決めることは出来ないですよね。どういう商品を作るか、というのは私たちの役目だけど、それ以降は消費者に委ねるしかないと思うんですよね。
長谷川:うーん。
ブランドはパクリを止められるか?
フイナム:リセールはまだしもパクリとなるとどうでしょう?
長谷川:〈C.E〉の赤いパッチもパクられていますよね。
トビー:ありますね。私たちはあちこちで真似されていると思うんですけど、それはモチベーションになりますね。今〈C.E〉のウェブサイトにアーカイヴを全部載せています。だから真似しやすいですよ。ある程度大きいPngがあるから。
フイナム:笑
トビー:私たちも同じことを繰り返したいという気持ちがないし、そもそもパクリを止めることは出来ないと思ってて。
フイナム:止められないですか?
トビー:そうですね。〈BAPE〉の時は偽物を取り締まろうとしていました。それは消費者に対して、ちゃんと対応していないのはブランドとして不誠実だと思った、というのも理由としてあります。それで、お金を沢山使って対策したけど、実情は全然変わらない。最後は私たちがこの状況を作っていると思うようになりました。
フイナム:それはどういうことですか?
トビー:宣伝のわりに数が少ないというギャップがあるじゃないですか。MTVにバンバン出てているのに、(当時)買えるのはニューヨークの一店舗だけ。さらにオンラインもない。田舎に住んでいるアメリカ人は理解できないですよ。そんなに露出しているブランドの洋服が普通に買えないとは考えもしないから、家の近所のモールにある偽物を本物だと思いますよね。そういう(カジュアル)ブランドに偽物ってないでしょ?と考えるのが普通だと思うし。
長谷川:そっかぁ。
トビー:だから偽物屋にしてはやりたい放題だったんだよね。「是非やってくださいよ」とこっちが言ってるようなもんだから。
フイナム:もはや諦めの境地ですね。
トビー:ちょっと変な気持ちではあるんですけどね。自分たちのやっていることは、本来法律で守られているはずなんだけど……。
長谷川:少し違う話になっちゃうんですけど、AH.Hで撮るビジュアルは、「勝手に使わないで下さい」って冒頭に書いているんですよ。日本語、英語、中国語で。インスタの文字数制限もあるから、載せられないときもありますが。でも、まあ使う人もいるんですよ。だったら、もう言わなくてもいいか、って思うこともあるんですよね。
トビー:うん、言わなくてもいいと思いますよ。
長谷川:まあ、ビジュアルを宣伝して広めてくれてるという見方もできますからね(笑)。ただメルカリで稼ぐためのツールに使われるのは、気持ち悪いですね。二次使用料を払ってほしい。
ブートレグをどう見るか?
トビー:今まで、偽物をたくさん見てきたんですけど、完璧なコピーってそんなにないんですよね。売れている商品をそのままコピーするんじゃなくて、なにか提案がある。同じロゴを使っているんだけど、「こういうのもアリなんじゃない?」というMD的な視点がありますよね。
長谷川:うんうん。
トビー:だったら自分たちでオリジナルを作ったらいいんじゃない?って思うけど。偽物を作ってるのに、ちょっとクリエイティビティがあるのが、絶妙に面白いですよね(笑)。
長谷川:笑
トビー:下着みたいな生地のTシャツに“Supreme”って書いてあったり。
長谷川:〈LOUIS VUITTON〉とかだとギャグセンスがあれば、偽物もカッコ良く見えるけど、〈Supreme〉だと本気感が強すぎてギャグにもならないっていうか。
フイナム:たしかに〈LOUIS VUITTON〉の偽物となると、また違う視点がありますよね。いわゆるブートレグ(海賊版)みたいな。
トビー:はいはい。
フイナム:そこで考えるのですが、〈GUCCI〉とダッパー・ダンの取り組みにあるように、ブランド側によるブートカルチャーへの眼差しの変化というのはあるんですかね?
注釈:ダッパー・ダンは、ニューヨーク・ハーレムのテーラー。セレブリティに向けたメイドトゥオーダーとして、メゾンブランドのブートレグを制作。90年代、著作権侵害を問われて姿を消したものの、2018年GUCCIとのオフィシャルコラボレーションが実現したのだが……。
トビー:何も変わってないと思いますよ。そんなに興味がなくて知らなかったのですが、ダッパー・ダンのケースは事情があったみたいです。記事によると、当時〈GUCCI〉はダッパー・ダンの作ったブートレグをパクった洋服を発表したそうです。しかもそのブートレグは〈LOUIS VUITTON〉のモノグラムを使ったものだったんですよね。それを〈GUCCI〉は自社のモノグラムに変えて、似せたデザインに仕上げた、と。そのことがきっかけになって、ダッパー・ダンとオフィシャルでコラボレーションをすることになったようです。
長谷川:もう30〜40年ぐらい前のものだったら、今さら模倣も何もないですもんね。
フイナム:判断が難しいですね。模倣というか、サンプリングというか。
トビー:そういえば、〈GUCCI〉はグッチ・メインとキャンペーンをやっていましたよね。
フイナム:やってましたね。ある種、禁じ手のような取り組みを。
トビー:グッチ・メインもそうだけど、〈GUCCI〉のタトゥーを入れている人、多いですよね。〈GUCCI〉は、オフィシャルでタトゥーをやれば良いのにね。
長谷川:たしかに。カッコ良いかも。
トビー:〈GUCCI〉のアトランタ店にタトゥーイストが居れば、それは結構良いんじゃないかな。
長谷川 : モノグラムとかね。
トビー : そう、モノグラムとか。それカッコ良いと思う(笑)。
パクリをめぐるパラドックス。
トビー:そういえば最近誰かと話してたんだけど、ラグジュアリーブランドは、イメージ作りにすごくお金をかけていますよね。店のインテリアを豪華にしたり、ファッションショーに数億円かけたり。だけど、どのブランドも黒いスウェットシャツにブランドロゴが白で書いてある商品を作っていますよね。
フイナム:はいはい。よく見ます。
トビー:フォントもほぼ同じで、ピーター・サヴィルの〈BURBERRY〉みたいなフォント。ただブランドが違うだけで、アイテム自体は一緒というのが、バーチャルみたいで面白いんだよね。ゲームの中で買う洋服みたいで。
フイナム:アバターに着せる服みたいな。
トビー:そうそう。あとフェイクファーのジャケットも多いですよね。後ろ見頃にアーチでブランドネームが入っている。
長谷川:ああ、ありますね。
トビー:元々は〈BALENCIAGA〉かな?
長谷川:たしかに。〈BALENCIAGA〉っぽい。
トビー:「僕らはこういうブランドで、こういう世界観です。他とは違います。ユニークです」と言っているのに、黒いスウェットシャツだったり、フェイクファーだったり、同じ物を売っているのが興味深いですね。
フイナム:クリエイティブが存分に発揮されるべきラグジュアリーブランドにおいて、オリジナリティが欠如している、と。
トビー:うん。だけど目標がオリジナルのものであれば、まず今あるものを研究しなきゃいけませんよね。だから結局、真似するパターンとすごく似てしまうんですよ。「これと同じものは作りたくない」っていう(真似の)ネガティブパターンだから。
フイナム:コピーをしない為に得た知識がコピーを生み出してしまう矛盾。とすると、コピーは悪ではない、とは、なかなか言い切れないところがありますよね。
トビー:ファッションブランドとしては、そこは言っちゃいけないよね。あくまでクリエイターが作ったファンタジーを商品にしているから。
長谷川:うーん。まぁ、そうですよね。