PROFILE
イギリス・ベッドフォード出身。1996年より音楽レーベル、Mo’WaxにてA&Rを担当する。2005年にイギリスにおける事務弁護士資格を取得。その後、〈BAPE〉や〈Billionaire Boys Club〉のアドバイザーを経て、 2011年、スケートシング氏、菱山豊氏とともに〈C.E〉を設立。
ファッションディレクター、スタイリスト。英国の雑誌『モノクル(MONOCLE)』の創刊より制作に参画、ファッションページの基礎を構築した。2015年には同誌のファッションディレクターに就任。2012年から2018年秋まで雑誌『ポパイ』のファッションディレクターを務めた。
about 『シミュラークルとシミュレーション』
1981年、ジャン・ボードリヤールが発表した著作。事件、映画、テレビ、クローンといった当時の世相を縦横に論じつつ、実在(オリジナル)の消滅を予見した。映画『マトリックス』の原案に多大な影響を与えたと言われており、同作の監督ラナ・ウォシャウスキーが出演者に一読を指示した、という逸話も。
Chapter2
正規店で買うことが「正しい」のか?
Chapter3
サンプリングが産む、新たなオリジナル。
フイナム:音楽をめぐるオリジナルについて考えると、サンプリングという問題にぶち当たります。これについてはどう思いますか?
トビー:まあ、サンプリングは当たり前のことになってきましたね。それがないと音楽が作れないじゃないですか。コンピューターミュージックであれば、その元のスネアドラムの音は、ある意味サンプリングですよね。
フイナム:プリセット(電子機器にあらかじめ入っている音色や設定状態のこと)ということですか?
トビー:そうそう。
フイナム:ちょっと前に〈CASIO〉のエレクトーンの記事が話題になっていましたね。プリセットの音をそのまま使って、レゲエのリズムパターン「スレンテン」が生まれた、と。
トビー:友達と一緒にこのキーボードを使って実際にスレンテンを作ったことがあります。結構簡単にできるんですよ。
フイナム:〈CASIO〉の社内では、著作権を申告した方が良いのでは?という話が上がったものの、より多くのユーザーに使ってもらえるように、という想いから著作権を放棄した、と。
トビー:うんうん。著作権については、「Who I Smoke」の話が面白いんだけど……ちょっと関係ないかな?
フイナム:いや、是非聞かせてください。
トビー:去年、「Who I Smoke」という曲がヒットしたんだけど、それは2002年に大ヒットしたヴァネッサ・カールトンという人のポップソングのループを使ったものだったんです。それが話題になって、TikTokとかでもヒットしたんだけど、ヴァネッサ・カールトンのクリアランスは取っていなかったんですよね。
フイナム:つまり許可なくやってた、と?
トビー:そう。それで、ヴァネッサ・カールトンがクリアランスをあげたんですよ。「もう使ってください」って。
長谷川:へー。
トビー:でも彼女はちゃんと「Who I Smoke」という曲を理解していなかったんですよね。というのも、この曲中で何人かの名前がコールされるんだけど、それは敵対するギャングたちの名前で、皆殺された人たちなんですよ。
フイナム:えっ!
トビー:もちろん自分たちが「やった」とは言わないけど、殺されたことは事実みたいで。
フイナム:ある種、犯罪告白みたいな。
トビー:そう。それでヴァネッサ・カールトンにプレッシャーがかかって。でも彼女は「それは彼らのアートで、自由です」ってクールに返していたんですよね。それが去年、ちょっとしたスキャンダルになっていました。
長谷川:へー。
フイナム:元ネタとのギャップがすごいですね。
トビー:(「Who I Smoke」に参加したラッパー)ヤンギーン・エースのファンは元ネタを知らないでしょうね。ひょっとしたら生まれてないかもしれないし。
フイナム:原曲のリリースが2002年なので、その可能性は高いですね。とはいえ、調べたりしそうなものですが。
トビー:どうなんでしょう。ラップが大好きな16歳の子に、「NBA ヤングボーイのオリジナルはビズ・マーキーだよ」と言っても、「え?どうでもいいし」ってリアクションをするんじゃないですか。
長谷川:子供だったら、さっぱり分からないですよね。
トビー:うん。分からないと思うし、調べたりもしないと思います。Googleで調べればすぐ分かることなんだけど、そこまでやらない。
フイナム:それってどういうメンタリティなんでしょうね。
トビー:俺が知らないってことは有名じゃないんだろ?という感じだと思います。
長谷川:でも、そうかもしれないですね。自分基準でいい、というのは今の時代の象徴みたいなところがある気がしますよね。何もかもが自分都合というか。だから知識がなくてもいいって風潮はあるのかもしれませんね。
トビー:結局、自分の青春時代に好きになったものが一番リアルなんですよ。
フイナム:とすると、リスナーによっては「Who I Smoke」こそ、オリジナルになるんでしょうね。
トビー:そうでしょうね。やっぱり音楽やファッションって、ティーンエイジャーがどう感じるか、というのが一番大切なんだと思います。これがあって、だから好き、というのではなく、知識がない状態でカッコ良いと思うものこそ、一番パワーがあるんじゃないですかね。
長谷川: まあ、そうですよね。感覚が全てみたいなことありますもんね。理屈じゃないみたいな。
トビー:最近の若い人が聴いている音楽がよく分からない、と思ったことはないけど、ちょっとでもそういう気持ちになったらこの仕事は難しいな、と思います。
長谷川: そういえば、松任谷正隆さんもそんなことを言ってましたね。「音楽はファッションと同じだから、いつも新しい方が良い」みたいな。
トビー:うん。じゃないと新しくリリースする意味がないですもんね。
長谷川:なんか意外だな、と思ったんですけど、やっぱ音楽家ってそういうことなんですね。
トビー:そうそう。前に進みたいから、新しいことに興味を持たないとね。
そのケーキは誰のもの?
トビー:タイガーとゼブラというレゲエのアーティスト知っていますか?
フイナム:いや、分からないです。
トビー:元々タイガーがヒットしてて、その後にゼブラが出てきたんですけど、彼は完璧にタイガーのパチモノだったんですよね。そのゼブラの1stアルバムに、タイガーに対して怒りのメッセージが込められているんですよ。
フイナム:後から出てきたゼブラが怒りのメッセージを?
トビー:僕が出てきたことを皆が喜んでくれているのに、一人だけ快く思っていない奴がいる。彼に言いたいのは、レゲエのケーキが大きくなっているんだから、カットしないといけない。全部自分でケーキを食べるなんて、違うだろ!って。
フイナム:メチャクチャな言い分ですね(笑)。
トビー:うん。でも、そうとも言えないんですよね。
フイナム:!?
トビー:例えば〈BAPE〉がベイプスタを作った時、〈NIKE〉のファンに「これ、エアフォースじゃん!」って言われたんですよね。〈NIKE〉が過去に作ったデザインだから、それは〈NIKE〉のものだ、という意識が皆にあるんですよね。
フイナム:はい。そう考える人が多いと思います。
トビー:でも、法律では意匠登録が14年で切れるんですよ。その期間が過ぎれば、デザインのコピーを作れるようになるんです。
注釈:アメリカの場合、意匠は特許法の枠組みで意匠特許として保護されている。その保護期間は14年間。
長谷川:へー。
トビー:世の中に14年間も支持されているデザインがあるとすれば、それは皆が必要としているデザイン。だから権利を解放しましょう、というのが法律の考え方です。
フイナム:でも買う側が拒否感を示すこともありそうですよね。
トビー:まあ、それはよくある話ですよね。男性は特に「本物はこっちだ!」という話が好きじゃないですか。それより不思議だったのは、「エアフォースのただのパクリじゃん!」と怒ってた人達です。なんで、そんなにも〈NIKE〉を守りたいんでしょうか。
長谷川:笑
トビー:それは貴方が心配しなくても大丈夫ですよ。それより僕は、小さなインディペンデントなファッションブランドがスニーカーの世界で面白い物を作れたことを評価するべきだと思いました。ただ「パクリ」と切り捨てるスタンスは勿体ないと思います。
長谷川:とすると、さっきのゼブラの意見は、ある意味的を得ているんですね。
トビー:そうそう。僕は弁護士の頃からそういうトレーニングをしているから、有益なデザインは一社が独占するべきじゃない、と考えている。ケーキはちゃんとカットしないといけない。
フイナム:んんー、なるほど。
トビー:車の開発では、優秀なファンクションを皆で共有していますよね。つまり、常に面白いこと、新しいことをやっているブランドこそ、強いブランドなんだと思います。
フイナム:常にケーキを作り続けている、と?
トビー:そう。〈NIKE〉や〈adidas〉は新しいスニーカーをいっぱい作っているけど、皆が欲しいのは過去のモデルですよね。だからもっと頑張ってケーキを作らないとね(笑)。
長谷川:笑
フイナム:では、本や映画における著作権の期間はどうなんでしょうか?
トビー:75年かな。著作権はだんだん延びてきましたね。それはディズニーですね。そうしないと、ミッキーがいつか自由になるから。
長谷川:ミッキーがいつか自由になる(笑)。
トビー:うん、ミッキーの偽物の遊園地が本物になっちゃうから(笑)。
Chapter4に続く。