文:小牟田亮
サワードウという言葉を初めて知ったのはカリフォルニアの「TARTINE BAKERY」の存在を知ったときだったと思う。いっとき日本に上陸するという話があって、創業者を取材させてもらった際に、サワードウのパンを初めて口にした。それまでことさらパンに詳しいわけでもなかったのだが、その奥深く滋味深い美味しさに、とても驚いたことを覚えている。
ノルウェー取材をするにあたり、最初に相談した「FUGLEN TOKYO」の代表である高橋圭也さんから「オスロでサワードウのパンを焼いている日本人の方がいますよ」と教えていただいて以来、気になって仕方がなかったのが、宮脇司、のぞみ夫妻が切り盛りするベーカリー「Little Pickle」だ。
「Little Pickle」は朝から昼過ぎにかけてはベーカリー、そして夜はレストランとして営業しているお店だ。お店の売りはなんといっても入り口すぐのところにあるパンの数々で、サワードウブレッドに、バゲット、クロワッサン、シナモンロールにシュークリームと種類も豊富だ。
お店のなかにあるロースタリー「日々 HIBI KAFEE」でローストした豆。浅煎り。187クローネ(2618円 ※取材当日は1クローネ=約14円)
オスロに来て3年目だというお二人に、「Little Pickle」にたどり着くまでのお話を伺った。
「僕は元々ノルウェーにはワーホリで来ていて、そのときに『ille brød(イレブロ)』っていうベーカリーで働かせてもらったんです。ベーカーとしてはそれがスタートですね。そのあといろんな国のベーカリーで働いた後に日本でお店をやってました」
そのお店、東京・谷中にあった「VANER(ヴァーネル)」は、パン愛好家の間で人気を博した名店だ。お店を共同で運営していたのは「FUGLEN TOKYO」の前代表で、現「nexpect coffee」の小島賢治さん。かように「FUGLEN」はオスロのあらゆるカルチャーに影響を及ぼしているのだ。のぞみさんとも「VANER」で出会っている。
「日本でもサワードウを使ってパンを作ってたんですけど、パンがより生活に根付いている国でお客さんと向き合うと、どんなことが起きるのかが知りたくて、ノルウェーに移住しました。以前働いていた『ille brød』で求人が出ていたのでそこで1年くらい働いて、今年の1月にこのお店のベーカリー部門を今のオーナーと一緒にオープンさせました」
シナモンロール 50クローネ(約700円 ※取材日のレートで)
カルダモンロール 50クローネ(約700円 ※取材日のレートで)
アーモンド クロワッサン 65クローネ(約910円 ※取材日のレートで)
今回、タイミングよくサワードウブレッドを作る過程を撮影させてもらうことができた。
そもそもサワードウとはどんなものなのか。簡単にいうと野生酵母と乳酸菌とで発酵させたパンのこと。サワー(酸味)とドウ(生地)の名の通り、独特の酸味と、もっちりとした質感が特徴だ。また、同じ作り方をしても、水や粉、空気中の菌によって味が変わるという、作り手の個性と色が出やすいパンでもある。
サワードウブレッド作りには、「発酵」「シェイピング(成形)」「寝かす」「冷やす」「焼く」という工程があり、今回は「シェイピング」の様子を覗かせてもらった。
この日はコペンハーゲンでベーカリーに勤めているという、夫妻の友人も参加していた。
店内からパン焼いてる様子が見える設計で、開放的な空間。
手慣れた様子で、どんどんパン生地を成形していき、あっという間に数十個のブレッドが出来上がった。我々が見慣れたパンの姿になるまでには、もう少しの時間がかかる。
そしてこれが完成形のサワードウブレッド。
「ノルウェーの人は、サワードウのパンをたくさん食べるので、そこは日本と違うところかもしれませんね。というかこの国の人にとっては、パン食が日常なので、そもそもパンをたくさん食べるんですけど」
ノルウェーでは大手が展開しているベーカリーが大部分を占めていて、個人が営むお店がそこまで多くないらしい。そんななか、ここ「Little Pickle」は2024年にミシュランのビブグルマンに掲載されるなど、高い注目を集めている。晴れた週末には行列ができることもあるそう。
印象的だったのはとにかく楽しそうに働いているな、ということ。作業をしている最中はもちろん真剣そのものだけど、いったん手を休めるとすぐに笑顔になるお二人。
「楽しいですね、毎日。オーナーもパン作りに関しては完全に任せてくれているので、やりがいもあります。毎日同じことをやっていても、絶対イレギュラーなことが起きたりするから、飽きないですよ。ハッピーアクシデントですね(笑)。そういうのを活かしてやっていくことが大事なんです。とにかくいい感じに力を抜いてやらないと楽しくできないので、そのへんはうまくやっています」
北欧諸国はワークライフバランスを重視するというのはよく知られた話だけど、ここノルウェーも生活と仕事のバランスについては、皆が皆意識が高いそうだ。
グレーで揃った、思い思いの〈HELLY HANSEN〉のジャケットを着こなすお二人。地産地消という言葉があるけれど、ノルウェーで生まれたブランドをノルウェーで着るというのは、やっぱり筋が通っている感じがする。
〈HELLY HANSEN〉がセーリングウエアで培ってきた機能性を、ライフスタイルアイテムに落とし込んだ一着。表地は水をほとんど含まない疎水性をもつポリプロピレンを高密度に織った生地を使用。中わたには、プリマロフト社と共同開発したポリプロピレン+ポリエステルの中わた「LIFAロフト」を採用。軽量なうえ、放熱しにくく、薄くても高い保温性をキープできる。〈HELLY HANSEN〉LIFAロフトインサレーションジャケット ¥41,800(HELLY HANSEN)
セーリングシーンで活躍できるスペックを持ちながら、街でも着られるデザインと設計になっているジャケット。防水透湿性に優れた3層構造の生地は、肌側は肌触りのいい質感に仕上げられている。フロントは前立てがフラップ仕様で、軽量感がありつつ防風性・気密性を確保できるようなしつらえに。環境への負荷に配慮して、素材の一部にリサイクル糸を使用している。〈HELLY HANSEN〉マイルドウインドジャケット ¥30,800(HELLY HANSEN)
パン文化が発達したここノルウェーで「日本人のパン職人のレベルの高さを表現したい」と意気込んでいた司さん。ノルウェーの素材と、日本のものづくりの緻密さを掛け合わせたニューウェーブなベーカーに、引き続き今後も注目していきたい。
The Little Pickle
住所:Jens Bjelkes gate 9a, 0562 Oslo
電話:+47 412 22 839
営業:ベーカリー 9:00~15:00(水曜~金曜)10:00~15:00(土曜、日曜)
レストラン 17:00~22:00(水曜~土曜)
サンデーロースト 15:00~18:00(日曜)
月曜、火曜休
Instagram:@The Little Pickle
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