AKIO HASEGAWA. HOUYHNHNM

2022.2.25 Up
EXPERT CHATTING

vol.3 菅付雅信

都市論と文化論。その1
編集者として長年に渡ってファッション、写真、絵画、食など多種多様な領域を縦横無尽に横断してきた菅付雅信さん。今、東京で起きていること、そして世界の都市文化などを俯瞰的な視点から、アカデミックに語っていただきました。

PROFILE

菅付雅信

編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、現在は出版物の編集・執筆から、コンサルティングを手がける。著書に『はじめての編集』『物欲なき世界』『動物と機械から離れて』等。下北沢B&Bで「編集スパルタ塾」、渋谷パルコで「東京芸術中学」を主宰。22年4月より東北芸術工科大学教授。NYADC銀賞、D&AD賞受賞。

長谷川昭雄

ファッションディレクター、スタイリスト。英国の雑誌『モノクル(MONOCLE)』の創刊より制作に参画、ファッションページの基礎を構築した。2015年には同誌のファッションディレクターに就任。2012年から2018年秋まで雑誌『ポパイ』のファッションディレクターを務めた。

Chapter1
東京のリビング・スタンダード。

フイナム:「AH.H」でも紹介した「Ome Farm Kitchen」に菅付さんはしょっちゅう行かれているそうですね。

菅付:大好きなんです。週に3回は行ってますね。「AH.H」であのお店を取り上げているのを見て、それで久しぶりに昭雄さんに会いたいなと思ったんです。

長谷川:一緒に行きましたよね。

フイナム:久しぶりということはそれ以前からのお知り合いなんですね。

菅付:はい、長谷川さんの師匠の喜多尾(祥之)さんと、以前編集長をやっていた『コンポジット』という雑誌でお仕事をご一緒してたので。

フイナム:そのときにお二人は初めて顔を合わせた感じですか?

長谷川:そうだね。当時はアシスタントだったけどね。渋谷にオフィスがあったときですよね。あのビルって『エココロ』の編集部もありましたよね。

菅付:はい。『エココロ』は僕が創刊した雑誌なので。

長谷川:あっ、そうでしたね。

菅付:『コンポジット』の後期にいろいろあって、エコをテーマにしたライフスタイル雑誌を出すことになってそれが『エココロ』です。当時、そういう雑誌は他に『ソトコト』があるぐらいで、まだエコの概念がそこまで広まってなかったと思うんです。

長谷川:早すぎたんですね。でも今だったらよかったですよね。

菅付:そうですね。当時エコのライフスタイル雑誌と言っても「は?」っていう感じでしたからね。

スペクタクルと普通。

菅付:「AH.H」では飲食店を舞台にしたビジュアルをよくアップしていますよね。そのチョイスがすごくいいなと思っていて。

長谷川:ありがとうございます。「POPEYE」のときはいつもこういうことをやってたんですけど、「AH.H」ではあえてそういうのは一切やめて、服だけにフォーカスするようにしてたんです。でも、やっぱなんか服の話ばっかしててもつまんないなって思い直して。初心に戻って、また飲食とともに服も伝えたくなったんです。

菅付:そこで取り上げる店がすごくいいんですよね。編集とかメディアの人間って、スペクタクルなものを作り出そうとするのが性なんです。けど、そういうものに反応するのは、観光客とかいわゆる一見さんなんですよね。つまり知らない人とか興味のない人に強いフックをつけるためにスペクタクルな見せ方にするのが、メディアとかクリエイティブの常套手段なんですが、もうすでにそれを好きであったり馴染んでいる人にはスペクタクルな見せ方はいらないんです。

フイナム:なるほど。

菅付:今は世の中全般が、スペクタクルなものに飽きてきていると思うんです。僕は海外の街だとポートランドとメルボルンがすごく好きなんです。両方ともここ10年くらいずっとすごく人気のある街ですが、行くと似ているんですよね。小さな街でいわゆる大都市的なスペクタクルは全くないんですが、リビング・スタンダードがめちゃくちゃ高いんです。単純に言ってしまうと、とにかくご飯がおいしい。これってすごく大事なことだと思うんです。高級なフレンチがたくさんあるのではなく、街角で出されるコーヒーやクラフトビールがめちゃくちゃおいしいということ。これは都市生活者が求めている「普通」ですよね。スペクタクルなものがいっぱいあるのではなく、生活における普通、スタンダードが高いということが、今都市として求められていることなんじゃないかな。

長谷川:あぁ、なんかわかります。

菅付:今の東京は、コロナで外国人が来れなくなっても新しいお店、パン屋さんやコーヒーショップがバンバンできているんですが、それらはみんな地に足のついたお店なんですよね。こういう東京の質の高いリビング・スタンダードは、もうちょっと評価、賞賛されるべきなんじゃないかと思うんです。しかし、それらはスペクタクル性がないから、今まであんまりメディアで取り扱われてこなかったんですが。

長谷川:面白いですね。〈Levi's®〉なんかも〈Levi's® VINTAGE CLOTHING〉という復刻の高級ラインがあるんですが、今の話でいうとこれはスペクタクルなんですよね。だから媒体で原稿書くときには書きやすいんです。けど、おそらく、一般的に多くの人が購入するのはごくごく普通の「501」だと思うんです。で、それはどこでも買える良さがあって、それをうまく紹介してあげないことには、世間とファッション業界との隔たりができてしまうと思うんです。なんでもないことの価値をきちんと説明してあげないといけない。そのためには、こっちもそういうことをうまく説明する技術が必要なんですが。

菅付:いや、本当にそうですね。だから東京の今の「普通」を支える、日常使いのいい飲食店は素晴らしいなと思うんです。「Ome Farm Kitchen」ではランチが1000円くらいじゃないですか。あんな風に手の込んだオーガニック料理がその値段で食べられる先進国の大都市は東京しかないですよ。NYなら3000円、ロンドンなら4000円くらいするかもしれない。

長谷川:たしかにそうですね。

脚光を浴びる東東京。

菅付:ところで「Ome Farm Kitchen」、移転することになったの知ってますか?

長谷川:はい。聞きました。

菅付:3月末に急遽出て行くことになったみたいで、あれが遠くに行くと本当に困っちゃうんですよね。だから不動産屋とか色々紹介したりしてるんですけど。

長谷川:あの辺って、不動産屋には出てないけど、という物件はいろいろあると思うんですよね。

菅付:僕の事務所は「Ome Farm Kitchen」のすぐそばにあって、今の場所に引っ越す前にいろいろ他の物件も見たんですけど、今は蔵前の家賃がはっきりと上がってますね。蔵前にお店を出したいという感じで、指名が入るようなので。

フイナム:〈GORDON MILLER〉のお店もありますしね。あれは正確には蔵前のある台東区ではなく墨田区ですが。

長谷川:蔵前がブランドになってるみたいですね。

フイナム:下町と言えば、長谷川さんのイメージです。

長谷川:蔵前は随分変わりましたね。昔は問屋しかなかったので。オモチャ屋さんとか花火屋さんとか。今は数えるくらいしかないんですが、昔はあの通りが全部そういう感じでした。問屋だから一般の人には基本的に販売してないんですが、なかには売ってくれるお店もあったりして。それが今じゃおしゃれなスイーツのお店とかがあって。なんていうかファッションそのものというよりは、ファッション的なアプローチのお店が多い気がします。雑貨とか飲食系とか。元々、民家のような外観だけど、実は服飾のパーツ屋さんだったりするエリアで、ファッション寄りな街ではあるんですが。

菅付:そうですね。街がオシャレになる場合は、昔だったら先にファッションのブティックができて、この辺りはおしゃれになったねという感じでしたけど、今は圧倒的に飲食の方が早いですよね。飲食が街おこしのトリガーになっています。幡ヶ谷の「PADDLERS COFFEE」はいい例ですよね。あの店ができてから幡ヶ谷は一気に変わりましたよね。

長谷川:たしかに。

菅付:最近は西小山、武蔵小山も面白くなってきてますね。それに豪徳寺、梅ヶ丘とか。

長谷川:らしいですね。洋服屋って感じでもないですよね。なんかかっこいい洋服屋がないですもんね。

菅付:そうですね。あと今の若い子にとってはブティックで売っている商品は高すぎるんだと思います。気楽に入れない感じというか。

長谷川:安いものが増えたっていうのもあるんでしょうね。

ブルックリン的なムードとは。

フイナム:こないだ、フイナムでも若い編集スタッフが蔵前を取り上げた記事を作りました。潮目が変わったのってなにがきっかけなんでしょうか。

長谷川:やっぱり2010年代のブルックリンのカルチャーは大きいんじゃないかな。ああいうムードをあの街に求めたっていうのがあるんだと思う。蔵前は、文房具屋の「カキモリ」が最初だったのかな。

菅付:あとはホテル「nui」も大きかったんじゃないですか。オープン時は隣に出版社でデザイン事務所の「アノニマ・スタジオ」の事務所兼ショップもあったりして。

長谷川:そうですね。「nui」があの街の夜の文化を作って、あとは「カキモリ」がマップを作ったりして昼の文化を作りましたよね。休みの日にあの辺を歩くみたいな。ちょっと前まではそれくらいで止まってたんですけど、ここ2年くらいでまた一気にきてますよね。

菅付:数年前にサンフランシスコのチョコレートブランドの〈DANDELION CHOCOLATE〉の支店ができたのも大きいんじゃないですか。

長谷川:そっか、菅付さんチョコレート好きなんですよね。

菅付:はい、大好きなんです(笑)。サンフランシスコで初めて〈DANDELION CHOCOLATE〉を食べたときは本当に感動しましたね。ただめちゃくちゃ高かったです。今では高級チョコにそんなに驚かないですけど、10年くらい前に板チョコで13ドルとかしましたからね。

長谷川:あとブルックリンのチョコレート屋も人気でしたよね。。なんでしたっけ。

菅付:えーと、〈MAST BROTHERS〉

長谷川:なんか懐かしいですね(笑)。

フイナム:ブルックリンのウィリアムズバーグも、最初は〈STARBUCKS〉みたいな資本系のお店はいれないという感じでしたけど、今やめちゃくちゃスタバあります。街のコーヒー屋さんを大事にするっていうことだったんですけどね。昔のブルックリンらしさみたいなものはなくなってきてますよね。

長谷川:やっぱりアメリカというのは、なにかにつけてお金が付きまとう社会なのかね。

菅付:あとはアメリカ系のチェーン店は、ドミナント方式という、トラフィックのいいエリアの四隅を固めて出店するという戦略をやることが多いんですよね。つまり囲碁のように四隅をおさえることで、そのエリアを自分たちの陣地にしちゃうわけです。そうすると他の店は入ってこれないし、またはそのエリアの競合他店が潰れるまで頑張ってしまえば、最終的には〈STARBUCKS〉とか〈McDonald's〉だけが生き残るということが起きるんです。これがアメリカンビジネスのタフなところなんですよね。最初の数年間はドミナントをするために出費が多くて儲からなくても、最終的に他が倒れたときに生き残れば、あとは一人勝ちというのが、アメリカのチェーンストアビジネスの鉄則で、強いところがより強くなる仕組みなんです。そしてこれが残念なことに結構うまくいくんですよね。

長谷川:そうなんですね。僕、あまりコーヒー飲まないんですよね。そんなに〈STARBUCKS〉って美味しいんですか?

菅付:べつに。けれど一人でパソコン仕事をするにはいいですよね。WiFi繋がるし、いい意味で無視してくれるし。

日本のコーヒー文化。

長谷川:菅付さん、コーヒーもお好きですよね。

菅付:好きですね。海外のサードウェーブ系のお店もおそらく200軒くらい行きましたけど、とにかく日本のコーヒーは美味しいですね。とくにドリップコーヒーは世界最高レベルだと思います。日本人の丁寧さというものが、とてもいい形でコーヒー文化に貢献していると思います。日本のお茶の文化もそうですけど、アメリカ的なせっかちさとは全然違いますよね。ゆっくりドリップしてゆっくり飲むというのがもともと文化として日本にあるから、日本はコーヒーに合ってるんですよね。

長谷川:アメリカにはそういう文化はあんまりなかったんですかね。

菅付:サードウェーブの流れのなかで、だいぶ広がってきましたけど、最初の第一世代は大変だったみたいですね。

長谷川:そうですよね。みんなコーヒー買って歩きながら飲む、みたいなことですもんね。基本的には。

菅付:〈BLUE BOTTLE COFFEE〉の創立時のバリスタにニューヨークで話を聞いたことがあるんですけど、お店でゆっくりハンドドリップしてコーヒーを出していたら、お客さんにめちゃくちゃ怒られたらしくて。「時間ないのになにやってんだよ!」みたいな(笑)。互いに怒鳴りあいになったと。アメリカにはコーヒーをゆっくり出すという文化がなかったんですよね。

長谷川:面白いですね(笑)。日本の〈BLUE BOTTLE COFFEE〉はまだ人気なんですか?

菅付:そう思います。アメリカの〈BLUE BOTTLE COFFEE〉よりも日本の〈BLUE BOTTLE COFFEE〉の方が美味しいと思いますね。豆の焙煎もバリスタの技術も、日本が上じゃないですかね。だいたいアメリカのものが日本に来ると、よくなりますね。服もそうじゃないですか? 〈THE NORTH FACE〉だって日本のものの方が断然いいし。

長谷川:日本は普通のレベルが高い、というか。そんなところがありますよね。

菅付:そうですね。日本人はやっぱり細かいし、丁寧ですよね。大雑把なところがないというか。

長谷川:なんでなんでしょうね。文化がそうさせるんですかね。

菅付:文化だと思いますね。島国でもともと職人的な仕事が多くて、細かな技を讃える風土がそうさせるんだと思います。常々思うんですけど、日本はアジアのイタリアですよね。政治はダメなんだけど(笑)、長い歴史とそれに根付いた文化がきちんとあって、ご飯は美味しくて職人気質で。でも経済は伸びてなくて、このままだといろんなことが上手くいかないとわかっているんだけど、とりあえず毎日美味しいご飯を食べてお酒を飲んで、なんとなくその日が終わっていく、みたいな(笑)。

長谷川:なるほど。

菅付:日本やイタリアは、イギリスやドイツみたいな上位概念を打ち立てて、普遍的な思想や製品を生み出すのが得意ではないですよね。どうも過去の歴史の上にあぐらをかいていて、内向きなんですね。だから政治哲学を持つのも難しいというか。「外の世界は大変そうだけど、家に帰れば美味しいご飯とお酒があるから、まぁいいか」というムードがあるんですよね。

長谷川:(笑)。たしかにそうですね。

フイナム:日本はアジアのイタリア、そういう言い回しあるんですか?

菅付:いやぁ、ないと思います。けど日本はイタリアに似ていると思いますよ。国の形も似ているし、四季がはっきりとあって、海に囲まれていて、山もあってという。あとイタリアは地方文化の国ですよね。日本も明治維新の前までは徹底的な地方文化国家でしたよね。もっというと日本にはひとつの国家という概念すら、明治維新の前はなかったわけですよ。イタリアもローマ帝国以降は、地方の都市国家の集まりでしたから。その辺もイタリアと似ていますよね。いまだにイタリアは根深い南北問題があって、北と南とでは考え方も食生活もかなり違いますよね。だから、日本もイタリアも実はいまだに地方の寄せ集めの国で、それぞれの地方色が豊かだから、あまり世界と真剣に渡り合わなくてもなんとかなってきたという歴史なんじゃないでしょうか。

STAFF

Direction&Comment_Akio Hasegawa
Comment_Masanobu Sugatsuke
Illustration_NAIJELGRAPH
Edit_Ryo Komuta,Shun Koda

CONTENTS

TAG SEARCH

ARCHIVES