AKIO HASEGAWA. HOUYHNHNM

2021.6.25 Up
EXPERT CHATTING

W.David.Marx

Vol.1アメリカンの普通。 その2
ボタンダウンやチノパン、スエットシャツといったアメリカの普通とされる服。でも、本当にそれはアメリカにおける「普通」なんでしょうか? 映画やドラマで描かれるアメリカのデイリーウェアは、もっとラフで、カンファタブルで、さらに言うと、いいかげんな気がします。そこで今回のAH.Hでは、長谷川さんと親交のある文筆家、W. デーヴィッド・ マークスさんをお招きして、アメリカ人の普通に迫ってみました。

PROFILE

W. デーヴィッド・ マークス

文筆家。2015年、緻密なリサーチに基づき日本のメンズファッション史を分析した著作『Ametora: How Japan Saved American Style』を上梓。昨年には、“ロック・ジャーナリストの父”と言われる伝説的ライター、ニック・コーンの著作『Today, There are No Gentlemen』の日本版解説を手がけた。

長谷川昭雄

ファッションディレクター、スタイリスト。英国の雑誌『モノクル(MONOCLE)』の創刊より制作に参画、ファッションページの基礎を構築した。2015年には同誌のファッションディレクターに就任。2012年から2018年秋まで雑誌『ポパイ』のファッションディレクターを務めた。

Chaper2
社会的規範と都市のドレスコード

〈DR. MARTENS〉の3ホールシューズ(デーヴィッドさん風に言うならば“Lo Top”)。教会に履いて行くなら、イエローステッチではないものを。というくだりは実に興味深い。

フイナム:教会に行くときスニーカーは履かないんですか?

デーヴィッド:コインローファーか〈SEBAGO〉のボートシューズとキャンプシューズです。

長谷川:なるほど。一応革靴。

デーヴィッド:そう、カジュアルな革靴。あとはダーティーバックスですね。あの赤いソールのやつをずっと履いていました。高校生になると〈DR. MARTENS〉が好きになって、チノパンにバンドのTシャツ、足元は黒の〈DR. MARTENS〉かダーティバックス、というスタイルが普段着になりました。全然カッコ良くないんだけど(笑)。

フイナム:〈DR. MARTENS〉を履いて教会に行くこともありましたか?

デーヴィッド:うん。黄色のステッチがなければ大丈夫ですね。

フイナム:教会に行くための服装、という考えは日本人には馴染みがないですよね。

デーヴィッド:多分、今の若いアメリカ人にもないと思います。うちは宗教に関心のある家庭ではありませんでしたが、教会に行かないといけない、という社会的規範がありました。特に南部はそれが強かったと思います。

フイナム:宗教に熱心ではないものの、教会には行く、と?

デーヴィッド:宗教は信念というより社交という意味合いが強かったですね。

長谷川:そっか。どの宗教を選ぶかということは、どのコミュニティに属するか、を意味してくるんですね。

デーヴィッド:そうですね。

フイナム:そして、そのコミュニティが服装についての規範も作っていたんですね。

たまに着るジャケットは七五三チックになってしまう。やっぱりジャケットに袖を通す機会を増やさないとダメだな。若かりしデーヴィッドさんのジャケット姿を見て、そう思った。

たまに着るジャケットは七五三チックになってしまう。やっぱりジャケットに袖を通す機会を増やさないとダメだな。若かりしデーヴィッドさんのジャケット姿を見て、そう思った。

デーヴィッド:でも今、教会に行く人はもっとカジュアルですね。Tシャツにジーパンみたいな。

フイナム:え、Tシャツもアリなんですか?

デーヴィッド:はい。今、アメリカはものすごくカジュアルになりました。元々、アメリカの服装はイギリスのカジュアル版だったんですよね。アイビースタイルはイギリスのパクリのカジュアル版で、プレッピースタイルはそのアイビーの高校生版でしたから。その後もカジュアル化が進んで、規則がなくなった。身だしなみをちゃんとしなさい、という南部の文化ももう無くなったと思います。

長谷川:じゃジャケットも着ないんですか?

デーヴィッド:多分ほとんど着ないと思います。父親がグレーのスーツを着てお葬式に行ったら、周りはフォーマルじゃない人たちばかりだったみたいで、「お葬式でもこんなカジュアルなの!?」と驚いていましたね。だから喪服という概念もない。それでファッションがつまらなくなったと思います。

長谷川:そうですよね。

デーヴィッド:ある程度の規範がないと、ファッションというものが生まれないですよね。日本になぜファッションが生まれるかというと、ちゃんとしなさい、みたいな社会的プレッシャーがあるからだと思います。

長谷川:そうかもね。ぼんやりとはしているけど、プレッシャーみたいなものがあるから、あからさまに変な格好をしている人ってあんまりいないですよね。

デーヴィッド:去年で少し変わったとは思うんですけど、日本のサラリーマンはスーツを着ないといけないですよね。だからテーラーがいるし、ファッションに興味があれば、カッコ良いスーツが欲しくなる。でも、アメリカはスーツを着ないといけないという習慣がないですからね。着ているのは金融系の人だけ。それも、あまりカッコ良くないです。

長谷川:日本でもジャケットを着る機会なんてないですよね。せいぜい良いレストランに行くときぐらい。でも、今どき良いレストランなんて行かないから、それすらもなくなる。わざわざファッションでジャケットを着ようと思わない限り、ジャケットを着る機会はないですよね。

デーヴィッド:分かります。僕は〈テーラーケイド〉で高価な紺ブレを作ったから、いつか使いたい。でも、機会がないと着ないじゃないですか。

長谷川:シャツはまだ一応着るのかな?

デーヴィッド:シャツにネクタイというドレスコードがあるレストランはまだありますね。

長谷川:へー。

デーヴィットさんが訪れたハーバードクラブ・オブ・ニューヨークのウェブサイト。モニター越しからもビシビシと伝わる、その格式の高さに怖気づき、そっと画面を閉じた。

デーヴィッド:ニューヨークのハーバードクラブは、ジャケットにネクタイでないとダメでしたね。

フイナム:ハーバードクラブ?

デーヴィッド:ハーバード大のOBたちが利用するクラブがあるんです。レストランがあって、カフェがあって、図書室がある、みたいな。学士会館みたいな感じです。

フイナム:そこに行くときはジャケット着用が必須なんですね。

デーヴィッド:そう。2年前に行った時は、本気の蝶ネクタイをしているオジサンがいました。

長谷川:なるほどね。ネクタイ文化はまだ残っているんですね。

デーヴィッド:ニューヨークとロンドン、東京はネクタイを締めている人がいますけど、サンフランシスコにはいませんね。僕がサンフランシスコでネクタイしていると、車から声をかけられました。ヘイ、ナイスネクタイ!みたいな。

フイナム:街によってドレスコードがあるんですね。

デーヴィッド:それが日本と違うところですよね。東京と大阪でスタイルに違いはあるけど、ニューヨークとサンフランシスコほどではないですよね。

長谷川:たしかに。

デーヴィッド:ニューヨークだと金融、LAだと映画、サンフランシスコだとITというように、業界が違うからスタイルが変わってくるんだと思います。サンフランシスコのフォーマル=靴を履いていること、ですからね(笑)。

フイナム:笑

デーヴィッド:それぐらい皆ビーサンを履いています。

長谷川:じゃカリフォルニアには一生スーツを着ない人がいるんですかね?

デーヴィッド:いるかもしれませんね。

長谷川:それはすごい話だなぁ。

STAFF

Direction&Comment_Akio Hasegawa
Comment_W.David Marx
Illustration_NAIJELGRAPH
Composition_Shigeru Nakagawa
Edit_Ryo Komuta,Shun Koda

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