PROFILE
文筆家。2015年、緻密なリサーチに基づき日本のメンズファッション史を分析した著作『Ametora: How Japan Saved American Style』を上梓。昨年には、“ロック・ジャーナリストの父”と言われる伝説的ライター、ニック・コーンの著作『Today, There are No Gentlemen』の日本版解説を手がけた。
ファッションディレクター、スタイリスト。英国の雑誌『モノクル(MONOCLE)』の創刊より制作に参画、ファッションページの基礎を構築した。2015年には同誌のファッションディレクターに就任。2012年から2018年秋まで雑誌『ポパイ』のファッションディレクターを務めた。
Chaper3
変容するアメリカンファッション
長谷川:なぜ今、アメリカでカジュアル化が進んでいると思いますか?
デーヴィッド:階級社会が関係していると思います。この階級の人はこういう洋服を着なさい、というルールがあって、それを乱すと批判を受ける。アメリカ人は批判を受けるのが嫌いだから、カジュアルだと皆同じ、という発想に落ち着くのだと思います。
フイナム:どの階級に属していても、カジュアルであれば、誰からの批判も受けない、と?
デーヴィッド:そうです。元々ジーパンは作業服だったのに、お金持ちも履くようになりましたね。そこには、労働階級と同じだよ、というアピールがあるのだと思います。
長谷川:へー、なるほどね。
フイナム:そして、日本とアメリカではファッションにかける熱量の違いもありますよね。洋服にかける金額も違いますし。
デーヴィッド:そうですね。例えば『オフィシャル プレッピーハンドブック』に載っている洋服は、比較的安いものが多いです。でもそれを日本で揃えると、舶来品として高くなりまります。日本人にとってプレッピーやアメカジの服は高価なものでしたが、アメリカではすごく安いものだったんですよね。
フイナム:同じスタイルでもアメリカと日本では、そこにかかっている値段が全然違うんですね。
デーヴィッド:あともう一つ大事なのは、自然にオシャレである、というのがアメリカ人の理想で、洋服に気を使っている、というのはダサいという風潮があります。日本には粋という文化がありますが、突然お金を手にした人は、すごく派手になりますね。成金的な「ハレ」より「ケ」を好む、という考え方は、日本だけでなく、アメリカにもイギリスにもあったんです。アイビーやプレッピーにも、そういう精神性がありました。ちゃんとした服を着ていても、ファッションに興味がないよ、というポーズを取るみたいな。
長谷川:それはありますね。日本でもファッションに興味があることは恥ずかしいこととされていた時代があって。でも、ある時からそういうのがなくなったと思うんですよね。この10年ぐらいで変わった気がします。
デーヴィッド:それはストリートファッションの影響だと思います。昔〈Supreme〉や〈A BATHING APE〉を着ていた人たちが、年を取って、(それらのブランドのルーツにある)アメカジやアメトラに戻っていく傾向があります。彼らみたいに男らしいセンスがあって、洋服が好きなファッションブロガーがたくさん出てきました。
フイナム:ストリートファッションを経験した大人たちの出現により、ファッションを口にすることが恥ずかしいことではなくなったんですね。
デーヴィッド:あと、ヒップホップの影響もあると思いますね。カニエ・ウェストがパリに行って、ハイファッションに興味を持ち、ヒップホップの世界もハイファッションに興味を持つようになりました。
フイナム:「ケ」を美徳とする思考から、成金的な「ハレ」の思考へと移りつつあるんですね。
デーヴィッド:そうですね。今では、レブロン・ジェームスが普通に〈Thom Browne〉のスーツを着ていますからね。
長谷川:へー。たしかにNBA選手は変わりましたよね。昔は皆、絶妙にダサイスーツ着ていましたが、今ってジャージもちょっとシャレていますよね。
デーヴィッド:やっぱりレブロンの存在が大きいんだと思います。2年ほど前にアメリカに行ったら、レブロンと同じようなヒゲを生やしている人をいっぱい見ました。
長谷川:たしかにいるかも。あれ、そういうことなんだ。
デーヴィッド:あと芸能人が神様みたくなりましたね。パリス・ヒルトンの頃は、そこまでセレブとハイファッションの結びつきはありませんでしたが、今はそれが強くなったから、キム・カーダシアンが着ているブランドに皆が興味を持つようになりました。センスがあるとか、スタイルがあるとは言えないけど、ブランド名は知っている、という若者が増えてきた気がします。
長谷川:それはSNSの影響ですか?
デーヴィッド:そう。インスタグラムとか。ちょっとコスプレ的なところもあるのですが、少なくともファッションに興味を持っているはずです。
長谷川:実際に買う人も増えていくんですかね? 写真を見るだけで満足してしまうこともありそうですけど。
デーヴィッド:そうですね。ライクを押すだけで満足する部分もあるでしょうね。
長谷川:これから、もっとそういうヴァーチャルな社会になっていくのかな?と思うこともあるんです。アバター用の服を揃えたり。
デーヴィッド:うん。でも、それはアメカジから離れてしまいますよね。やっぱりアメカジの良さは、頑張っていない普段着らしさだと思うので。
フイナム:そのリアリティこそがアメカジの真骨頂である、と?
デーヴィッド:うん。そう思います。
フイナム:なるほど。とても合点がいきました。